プロフィール 

 

 

私がこの「太田から見た星々」を作成せております。

 

2000/08/17

 名前

 茂木 弘光   Hiromitsu  Motegi

 生年月日

 1960年 5月 6日生  (おうし座)

 血液型

 Rh+B

 性別

 男

 家族

 妻、長女、長男、両親

 仕事

 サラリーマン

 資格

 2級ガソリンエンジン自動車整備士

 2級ディーゼルエンジン自動車整備士

 特技

 機械と会話ができる?!

 苦手な事

 営業

 好きな食べ物

 ラーメン

 苦手な食べ物

 ウニ、イクラ、キャビア、トロ、うなぎ
 趣味

 もちろん星見、工作

 好きなスポーツ

 スキー、ゴルフ、テニス、モータースポーツ

 幸せと思う時

 ビールを飲みながらの星見

 

 

 自叙伝 

 

少年時代には自宅(群馬県太田市)でも天の川が見えるほどの星空がありました。

1965年

イケヤ・セキ彗星

この頃、確か昆虫採集とザリガニ釣りに夢中でした。

 

1967年〜

小学低学年頃の思い出ですが、親のお遣いで夜、50m程の隣の家に行くのに懐中電灯で足元を照らさないと歩けない程の暗さで、そして、満天の星が迫って来るような気がして、そんな星が怖く感じていました。

とても臆病な少年でしたが、理科系、星は特に興味がありました。 

って書いてしまいましたが、この後、魚の生態についての調査(魚釣り)に夢中になっていた。 へら鮒釣りですので夜が明ける前に自転車移動で、もちろん迫って来るような満天の星の下でのことでした。

1969年

ベネット彗星

プールが好きで夏になると毎日、市民プールに通っていた。 そこで食べたイモフライがなつかしい。

プールサイドから見えるテニスコートのお姉さんに憧れる・・・   だからプールに通っていた?!・・・

帰りには必ず眼鏡屋さんのショーウィンドの望遠鏡を眺めるのが日課だった。。。  

昭和40年代頃は望遠鏡ショップは無く、眼鏡屋さんで売っていました。

 

1971年
時が経ち、冬の寒い晩、南天でどの星よりも輝いている星が気になるようになり、星の本を見たと思いますが、オリオン座、北斗七星、カシオペア・・・そして、南天に輝く星の名前がおおいぬ座のシリウスと分かり、小学5年生の時、お年玉で 口径 6cm 焦点距離 900mmのミザール屈折経緯台望遠鏡(当時8,400円)を買いました。

もちろんファーストライトはおおいぬ座のシリウスです。どんなに倍率を上げても点にしか見えない事に不満を感じたことを今でも思い出します。でも、キラキラ輝くシリウスはとても綺麗でした。

 

望遠鏡のカタログに銀河の写真が載っていて、銀河を見たくて見たくてたまりません、しかし、位置が分からないため見ることは出来ません。 学校の図書室にガイド本が無かったような気がします。

私の回りに星好きな人、良き指導者もいなかったため銀河はおあずけでした。 でも、月は毎日のように見て月齢の違いでクレーターの変化(見え方)がとても綺麗でした。 そして、明るい星を見ていくうちに木星、土星、火星を見ることが出来ました。それらを見た時の感動は今でも忘れません、特に土星を見た時は確かに綺麗でしたが、神秘的でなぜか怖くなって長時間見ていられなかった事を思い出します。

 

1972年

多分この年だと思いますが、放課後リトルリーグの練習中に西空高くに未確認飛行物体 “UFO”が・・・ふわふわと・・・さっさと帰宅して望遠鏡で見てみると、あれれ なんだか気球のようですね。  この出来事は結構マスコミも取上げ、確か気象用の気球だったようです。

小学6年の10月、ジャコビニ流星群でマスコミが大騒ぎしていました。その時、親戚の家に居て、開けた所に見に行きたいのですが怖くて行かなかったのか、曇っていて行かなかったのか思い出せません。でも、翌日のTVニュースで流星雨にはならなかった事を知りほっといたしました。

この時です。 6年4組 寺田学級の卒業論文が「自叙伝」だったのです。 確か原稿用紙100枚以上書きなさいとのことで、ここまで読んで頂いてお分かりのように文才のない私は非常に苦労した思い出でなのです。 

 

1973年

中学1年の夏休み、自由研究で木星面、ガリレオ衛星のスケッチを作成。それを、宿題として提出したところ他のクラスの N君 から「天体観測しているんだ、僕も望遠鏡で星を見るのが好きなんだ・・・」と声をかけられた。 その後は二人で天体観測をするようになった。 そして、だんだん同級生、後輩の星仲間が出来てきました。

そして今世紀最大の彗星 “コホーテク彗星” 発見のニュースです。 マイナス10等級(満月の明るさ)になるとの事で、イケヤ・セキ彗星、ベネット彗星も見ていない私は74年1月が楽しみでなりませんでした。

コホーテク彗星の観測のため、お小遣いで 30mm×8倍の双眼鏡を購入(4800円だったかな?)

 

1974年

その頃、太田市立中島記念図書館を拠点にした太田宇宙の会をH先生の紹介で入会して、星三昧の学生生活を送るようになりました。

太田宇宙の会の先輩方は皆、良き指導者で私のような初心者に星見の楽しさ、望遠鏡の操作方法、天体観測の方法、天体写真の撮り方、写真現像、etc ・・・。 天体観測の基礎を親切ていねいに教えて頂きました。

市民観望会、宇宙展、軽井沢の合宿で見た満天の星、天の川、6等星まで見えると はくちょう座が本当の白鳥に見えてくるのにとても感動しました。

そして1月、待ちにまったコホーテク彗星の観測です。 彗星の光度予報はハズレましたが宵の西空高く3等級位の尾のある彗星を初めて見て感動しました。  双眼鏡で彗星全体が、6センチ屈折望遠鏡で見てみると尾を引いた彗星のコマ、中心部の核・・・とっても綺麗でした。

この時、同級生と彗星って地球みたく自転しているよねって・・・答えは出ませんでした。 困った時の “こども電話相談室”  これならきっとラジオ放送間違え無しと思いTELしたが、電話の向うのお姉さんが「即回答出来ないので後日連絡いたします」との事、質問がマニアック過ぎて、あえなく生出演のチャンスを逃してしまった。 そして回答は「今現在分かりません」でした。  この時からミーハーだったんですね。

それでは無人探査機を彗星まで飛ばすしかないと思っていた少年はラジオコントロールの技術を習得するため貯金をはたいてラジオコントロールエンジンバギー(車)を購入したのでした。 日曜日になると公園でコカコーラの缶をパイロン代わりに走行テクニックを楽しんでいました。

 

1975年

 

1976年

 

1977年

 

1978年

高校3年の頃、月例会の後、先輩の運転で赤城山に向い観望を楽しんでいました。しかし、月日が経つにつれて観望よりドライブ、車、ドライビングテクニックへと心移りして行き、気が付くとある NK先輩(悪い先輩)とラリー(モータースポーツ)の道へはまってしまいました。でも、双眼鏡だけはいつも車内にありました。(星のことは忘れていなかった様です。)

当然、この頃から太田宇宙の会から遠ざかり、気が付くと一匹狼で星見を楽しむ様になっていました。

 

 

 

つづく